世界の欠片を集める旅

※雑記ブログです。旅ブログではありません。

フリーライティング11(2017/9/16)

今日は日中起きてるぞと思いながら結局仮眠でガッツリ寝てしまい、午後3時に起きて後悔しています。
今日は昨日書けなかった「自分の予言が当たりすぎててこわい」話ではなく、「今という時間は自分が思っている以上に短い」ってことについて書きたい。
「今」できることってひとつが精一杯だと思うんだよね。
〇〇しながら☓☓もして、同時にいくつものことを並行してできる人もいるけどさ、それって頭でじっくり考えながらできることじゃないよね。
並行してやっている人は考えずにできるくらい何回も同じことをやっているからできるわけで、初めから苦労せず並行してできますって人はなかなかいないんじゃないかな?
しかも、同時に別のことをじっくり考えるなんてことはできないと思うんだ。
やっているつもりでも、きっとわかんなくなる。
だから、今、この瞬間に全力でできることってひとつくらいだと思うのよね。
揚げ足とろうと思えばいくらでもとれるけど。
だから、やらなきゃいけないことや、やりたいことがいくつもあって、それらを一気に進めたいって思ってもそれは当然できないわけで、今、この瞬間、瞬間にできることはひとつしかないから、何かをやるにしても一つ一つ進めていくしか方法ってないの。
当たり前のことだけど、これをどれだけ正しく認識できるかって大事だと思う。
いつかやるだろう、いつかやろうってただ後回しにしていることは、来てはすぐに終わっていく「今」を正しく認識できていないと思う。
今、この瞬間は何をやって、「いつかやろう」はいつやるのか、「いつかやろう」をやるために、何をしておかなきゃいけないのか、そういうことを考えることが今の自分には必要。
中には、一生できなくてもしょうがないと切り捨てることも必要だと思った。
そうしないと、いつまでも「いつかやりたいこと」が頭の中にあって、それが消えることがない。
毎日不自由なく暮らしていても罪悪感が消えない。
正体不明の不安にずっと心をすり減らされながら生きていくのは耐えられない。
楽な方向へ流れたいけど、楽を選択したところで心は全然楽にならない。
むしろ、苦しくて苦しくてしょうがない。
簡単にやってみようができたらどんなに楽なんだろう。
心を楽にするために、優先順位つけよう。
今やれることは一つだから、今、何をすればいいのか、考えて、納得して、これからどう生きていくのは決めよう。